【美人女社長】第2話 パーソナルコンピュータ

帰宅した武石は、胸の高鳴りが収まらなかった。
パソコンで何ができるかとか、ソフトがなんなのかとかどうでも良かった。
何か自分の知らない新しい世界に入り込んでいくこと自体が期待に満ち溢れていた。
 

母親になにとなく、パソコンの話をしてみた。
別に知っているわけないし、ただ無言の夕飯にちょっとした世間話をしてみようという程度のことだ。
「わたしはキーパンチャーだったのよ?知ってる?キーパンチ。」
意外にも話が広がった。
「大昔はキーパンチって言って紙に穴を開けて、コンピュータのためのデータを作っていたのよ。わかる?」
むしろ、こちらが知識をひけらかすつもりだったのに、知らない話に困惑した。
だけど、母親がコンピュータに携わる仕事をしていたことを知り、先輩からの誘いは運命的な気がしていた。
 
翌日、バイト先で、
「ははは、オマエも誘われたのかよ」
先輩はバイト先の後輩に順番に話を持ちかけているらしかった。別に自分じゃなくても良かったのか。
昨日、運命的な出会いを感じた自分が恥ずかしくなった。
 
「やめとけよ。怪しすぎるよ。」
同感だ。やっぱりやめておこう。
 
武石の日常は、また平凡な連続に戻る。そう思っていた。
しかし、帰宅すると、母親が押入れの中から何かを引きずり出していた。
とても大きな箱に入った古臭いパッケージ。
「そういえば、パソコンがどうのって言ってたじゃない。山形のおじちゃんがいらないからってくれたのよね。」
大きな箱から出て来たのは折りたたむことができるが、とても重たいパソコンのようなもの。
カラー液晶の横にはペンが刺さっていて、どうやら絵を描くこともできそうだ。
箱には「ワープロ」と書かれている。
ワープロとパソコンの違いなど分からなかったけど、キーボードと液晶があればパソコンだ。
 
また、鼓動が早くなった気がした。
 
「たぶん、まだ動くわよ。これ。わたしは使わないし、いろいろ遊んでみたら?」
興味を持つと、すぐに何かを見つけて来てくれる母親。そんなところが過保護な気がしたし、自立したくて疎ましく思っていたけど、この時は疎ましさを見せながらも、それを受け取った。
 
自分の部屋に持って来たパソコンをすぐに広げて、電源をつなぐ。
色あせているが確かにカラーの液晶。そして、改めて表示される「ワードプロセッサ」の文字。
パソコンだ。パソコンを手に入れたんだ。
 
キーボードを意味なく叩く。パチパチという打鍵音が心地よい。いつまでも打ち続けたい。
キーに印字されたひらがなを順番に「あ」「い」「う」と探しながら打ち込んでいく。
 
楽しい。
気持ちいい。
 
キーボードを打つって、少し中毒性があるな。と思った。
気づいたら、時計はAM3:00を回っていた。明日はバイトが休みだ。
もうしばらく触っていたい。
ゲームにも興味がなかったのに、無我夢中で次のひらがなを探しながらキーをパチパチと打っている。
3回目の「ん」を打ち終わった。もう、キーを見なくても「あいうえお」は打てた。
 
楽しいぞ。
気持ちいいぞ。
 
AM8:00。充電を忘れた携帯電話の電池は10%。
それでも電話をかけた。

※この物語はフィクションです。
 
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